***06.aug.2005
今日は広島原爆の日。
1970年代、『はだしのゲン』を雑誌連載でリアルタイムに読んでいた頃はまだ幼くて、中沢啓治さんの癖のある絵、川崎のぼるの絵がさらにクドくなったような絵はあまり好みじゃなかったが、今ほど漫画雑誌もなく、病院や音楽教室の待ち時間に読んでた。
気になって調べてみたらこの漫画は1973年に週間少年ジャンプで掲載が始まり、『市民』『文化評論』『教育評論』と掲載誌を変えながら1987年まで連載されていたそうだ。80年代にはいって、むかしの日本が遠のくにつれ『はだしのゲン』はその地位を教育委員会に保証されて学校の授業で教材になるなどしていたらしい。
生きることは死を語り継ぐこと、では、語り継ぐ死を持たない者の生とは何か。死者の上に生まれ生きていながらにして語り継ぐ死を持たないなどあり得るのか。
そこでたどりつくのは、死を語り継ぐ命を忘れ、術をものせず、すなわち死を想わず、死を恐れ遠ざけようとする生の横暴、しかしその無垢で粗野な貪欲こそが肉体的な生の本質であること。
恥じて生きるべし、しかし、生きていることを恥じて悔いることはない。いずれ、死ぬ。どういう刹那であれ、長引こうと、短かろうと、同じ結末に向けて行列は進む。
子の心に語り継がれる親、親の心に語り継がれる親、親のない子はいない、注射針に込めた精子とガラス瓶の中で待ち受ける卵子が出会ってガラスの中で育った命であっても、細胞のひとかけらから培養された命であっても、歴史のない命はない。生きていることを恥じることはない、ただし、恥じて生きるべし。

...a day before.....*+*+*+*+*....a day after.....