***3.aug.2006
益子の散歩。
舗装されていない駐車スペースに這う植物。かぼちゃの蔓が触手を伸ばし、立派な葉っぱに黄色い花、しぼんだ花の根元がぷっくりふくれて、いくつかの花の行方を追っていくとだんだんとかぼちゃらしいふくらみになっていくのがわかる。こうして育った実を眺めているとひとつぶの野菜がとても愛おしく、丁寧にこの台所にやってきたのだとわかる。
地面を見て歩くのが楽しくって仕方ない益子のなんでもない地面。
池のほとりに黄金に輝く樹木。薄い膜のように苔が木肌をくるんでいるのが陰は黄緑色、光が当たったところは黄色みを帯びて一筋白くハイライトがはいるので、黄金に輝いているように見える。むかし、神様の木の伝説があったとしたら、こんな気の姿だったんじゃないかな、と思う。
道ばたに「最古の窯」とうたった看板があって、興味津々で見に行く。薄暗い店の引き戸を開けて声をかけると、中年の店主が机の上に何かを置いて作業しながら「どうぞ」という。何やらかさかさ音がするのでよく見ると、棚の5分の2くらいは、10センチ径くらいのケースにはいった昆虫だった。カミキリ、クワガタ、カブト、不明なんてのもある。なんと、最古の窯元はいまや陶閑期(?)を昆虫ブリーディングで暮らしているらしいのだった。
その他、立ち並ぶ「窯元」の店舗を何軒かたずねるも、ピンとこないものばかり。柳宗悦のうたった「民芸」の美はどこへやら。
そんななか、風鈴の多重奏が響いて来て、わっかの奇妙な五重塔が目を引く「古陶館/蔵」に引き寄せられた。風鈴はガラス瓶をリサイクルしたもので風受けはカレンダーか広告ページを切ったもの。軒下にいくつもぶらさがっている。その足下には「紀元二千六百年」と書かれた消防大八車が。じりじりと照らす太陽、隠れ場所のない夏の地面、8月は戦争の影の季節。悔恨と追憶の季節。 入場料を示した看板のある古びた家屋からおじいさんが出て来たので挨拶した。骨董屋になっている家屋の前に、青い養生シートを屋根にした小さい店がしつらえられていて、まずはそこを眺めて、ようやく益子に来た感じがした。骨董屋の入り口にもガラス瓶の風鈴がたくさん下がっていて、両軒下にはさまざまな意匠の鬼瓦が並べられている。店内はひっそりして、店主が座ってそれとなくこちらを気にしている。いろりの鉤鼻や鉄瓶が十数本下がっていたり、ガラス皿の電灯シェードやまるい玄関灯カバーやシャンデリア、蓄音機など。新潟の消防署の退職記念品とのケースにはいった鼈甲の皿がついたはかり、とか。そうやって眺めていると、ガラスケースの中に、これは、という茶碗を見つけた。あきらかに、ほかの品物と風体が違う。益子に来て初めて、欲しいかも、と思ったその品は6万円の値がついていて、そうだよねえー、と目で堪能して買わず。見たことない、いい味わいの茶碗だったなー。店の3分の1は今の売り物用の陶器たちだったけど。奥にはシーサーなのか狛犬なのか、そんなのの置き物がさまざまあり、その先に納戸のような部屋があってその天井にはびっしりとガラス瓶の風鈴が。裏口から風が通るたび、ひとつだけ鳴っていたり合奏になったり複雑な音響に鳴ったりする。 もう店主は棚の向こうで見えないのだけど、こうやって、薄暗い店内で風鈴の音だけが響くのを聞きながら、ひなが、そうして過ごしているんだろうかと思う。納戸の脇に巨大な木の根や糸車、糸の切れた琴、古びた商店看板が立てかけてあった。鴨居にはずらりと、女性の裸体を描いた絵皿。こんなもんどうするんだ、って品ばかり。画家は女性美を歌い上げるもの、という名の下に、なまめかしくからだをくねらせた裸体モデルを前にどういう創造性があったのだろう。昨夏訪れたオルセー美術館で堂々たる外光のさすセーヌ川側のウイングに設けられたクールベのスペースの真ん中に飾られたあの秘密作品。どういう想いでその絵が眺められて来たか思うにつけ、デュシャンがクールベに送った視線をもまた思う。で、裸の熟女の絵付け皿はどうするんだっつうの。
怪しげな2階を見上げて店主に聞くと、見ていい、というのでスリッパに履き替えてしんとした2階にあがる。ここもまた外光が障子越しにさすのみで薄明るいなか、3畳くらいもある床の間前にずらりと陶器類、部屋の鴨居には古い西洋の写真、天井からは昔の店の看板など、そうしてぐるっと部屋を奥にすすんだところで、ふいに、霊魂に見られているような気配を感じて、気が固くなった。古いものに宿った霊か、あまりここに長居しないほうがいいな、と思いつつ、奥の奥に、開かれているのに目を凝らさないと見えないほど暗い一室があってソファセットなどがあるのだが、もう、あまりそこを見ていないほうがいいような焦燥感にかられて、やや急いで引き返し、おいとまして階下に降りる。
一番入り口のガラスケースの上に無造作に置いてあった小物のうち、底にガラス玉が埋め込まれ台付きの底に「実用新案何号」と旧字で掘られたおちょこを1個買った。水を入れると像が浮かび上がるのだそう。
「蔵」を出て少し行くと、「故郷」という、陶器店とギャラリーとカフェと窯が一続きになった施設があって、たっぷりと水をまいてどこからか水が流れ出る様子がオアシスのようでいかにもすずしげである。浜田庄司翁の展覧会の看板があったのでちょっとのぞいてみた。誰かいそうだったら声をかけようとおもったのだけど、しんとして人気がない。1尺ほどの器に水がたゆたうて心地よい店先を後にした。
STARNETに戻り、ZONEに向かう坂道の途中で四葉のクローバーを見つけた。写真に撮って、ここを通るみんなが探して見てくれるといいな、と思った。
夜は近所で食事。グリーンカレーとおすすめご飯、おいしかった。
夜はちゃんと暗い夜になる益子を後に常磐道を東京へ。三郷を越えて荒川をわたるとどの集合住宅の廊下にも明かりがともり、ひきりなしに照らされた街路と街の光に目がくらむ。


...a day before.....*+*+*+*+*....a day after.....