***27.july.2006
ミルクラツアー:国立科学博物館(上野)
聴診器をもって上野公園の樹木の音を聞き比べながら芸大の食堂へ向かう。本日の参加者9名、途中1名欠けて8名が交替で樹木に聴診器をあて、見守っていると、数名のご婦人団体が声をかけていく。「木が水を吸い上げる音が聞こえるのよね」。日陰の樹木と直射日光のあたる樹木、太い樹木と細い樹木、生きている樹木とつっかえ棒になった死んだ木。みんなで聴診器を持ち替えながら、普段閉じている耳をひらくべく、いろいろと聞き比べてみる。背後を通る制服少年だちが「あれ、知ってる、木の音が聞こえるんだぜ」と会話して行く。日当のよい面のほうが音が大きいような気がする。
久しぶりに行ったキャッスル、喫茶のマスターが食券売り場に座っていて相変わらず高見山関のような笑みとしわがれ声で、フレンドリーである。夏休みにはいっているので閑散としていて冷房が効き過ぎなのだけど、ひんやりとした石の床と蛍光灯を消した、日陰の室内、なつかしい壁画や、アップライトピアノ、それらの構わなさ、何気なさ、日常の風景っぽさがとても懐かしい。上野公園を歩きながら、朝昼晩毎日のようにここを歩いた日々が失われた日々のように目に映っていた。現実の現在の日々こそがはるかに遠い幻影のような浮遊感をもって心から遊離して行く。数年間もの昏睡状態から覚められるのか。
その後ふとあの気分を味わいたくなって石膏室を外からのぞきに行く。ヨーロッパやアメリカの美術館付き美大とは比較にならないけれど、ここの石膏室でこれをどうやって描くか瞑想しているときの気分、空想の中のエスキース。
その後、こども図書館へ行き、北欧の絵本の展覧会を見る。ここで数名帰る。残ったふたりとカフェで、持参して来た作品ポートフォリオやプランについて話す。帰り道、もう一度科博に戻りB3Fの、宇宙線で霧のかたまりの形が変わるプールを見にいく。アーティストが自分の名前をかぶるまえの現象は無垢で無欲で美しい。

...a day before.....*+*+*+*+*....a day after.....